ピーナッツ(落花生)の簡単な歴史

ピーナッツは、世界中の熱帯および亜熱帯地域で栽培されていますが、西半球原産の植物です。ピーナッツの原産地はおそらく南米とされており、ピーナッツの用途の幅広さに気づいたスペインの探検家たちによって、新世界に広められたのだろうと考えられています。スペイン人たちはヨーロッパに戻る際に、一緒にピーナッツを持ち帰り、その後、貿易商人たちによってアジア、アフリカに普及にされました。そして、ピーナッツは1700年代に帆船に乗せられ、北アメリカに戻ってきます。1700年代と1800年代にアメリカでも商業的にピーナッツを栽培する農家はありましたが、栽培は小規模なものでした。農家がピーナッツの栽培に関心を示さなかったのは、当時、ピーナッツが貧しい人々の食物だと考えられていたこと、そしてピーナッツの栽培および収穫方法が時間のかかるものであり、難しかったためでした。南北戦争まで、ピーナッツは一般にアメリカ南部の特産品とされていました。

南北戦争後、ピーナッツの需要は急速に増加しました。生産、収穫、ピーナッツの殻取りのための道具、および加工技術の進歩により、19世紀の終わりまでにピーナッツ産業は拡大しました。20世紀の労力節約型の新たな道具の登場により、ピーナッツオイル、ロースト・ピーナッツ、ソルト・ピーナッツ、ピーナッツバター、ピーナッツ菓子への需要は急激に高まりました。

また、20世紀の変わり目にアラバマ州のタスキーギ研究所(Tuskegee Institute)でジョージ・ワシントン・カーヴァーによって行われた研究も、ピーナッツ産業の拡大に貢献したと考えられています。この才能豊かな植物学者は、ピーナッツの換金作物としての本質的な価値に気づきました。カーヴァー博士は、ワタミハナゾウムシによって農業基盤が脅かされていた南西部のコットンの栽培地域で、ピーナッツを輪作作物として植えることを提案しました。カーヴァー博士は南部における農業の変貌に貢献しただけでなく、調理方法から産業製品にいたるまで、300以上のピーナッツの利用法も考案したのでした。

1900年代初めに、アメリカ政府はピーナッツを含む重要な食用作物の生産の推進を目的として、農業支援プログラムを設けました。現在、ピーナッツの生産は、2002年にアメリカ議会によって採択された農業法に基づいて、米国農務省によって監督されています。